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関戸康介の転向した理由は?出身中学や小学校時代も調査!

いよいよ選抜高校野球開催まで1ヶ月を切りました!春が近付いて来たなと実感する瞬間ですね。

今日は、座右の銘が「創造的破壊」のプロ注目の本格派右腕、関戸康介選手(大阪桐蔭)を紹介します。

この記事で詳しく調べていること

・関戸康介が転向した理由は?
・出身中学や小学校時代は?

時には帽子を落とす投げっぷりの良さが魅力の関戸康介選手です。

関戸康介選手はどんな風に野球人生を歩んで来たのでしょうか。

関戸康介の出身中学はどこ?

関戸康介選手の出身中学は、明徳義塾中学校です。

地元・佐世保を離れ、高知の明徳義塾中学校へ進学しています。

きっかけは、小学校6年の10月に明徳義塾中の指導者である監督・神谷洋隆さんから誘いを受けたことです。

明徳義塾中学校は、明徳義塾高校との中高一貫校で、海外や県外から進学する生徒が全体の約70%を占めています。

関戸選手も、

「明徳義塾中ならば人間的に大きくなれると思って進学を決めました」

と進学した決意を話しています。

関戸選手も寮生活で、寮のルールは2人部屋で携帯禁止と、恋愛禁止のみで、お菓子、炭酸飲料を飲むのはOKなんだそうです。

思春期で遊び盛りの中学生にはキツいルールではありそうですが、

「自分は空き時間は勉強するつもりでしたし、恋愛禁止については自分は縁がないので特に関係ないと思いました(笑)野球に集中できる良い環境だったと思います」

と話しています。

地元を離れての寮生活ぶりは、他の生徒達とは心構えから違うのではないでしょうか。

関戸康介が転向した理由は?

関戸康介選手が転校した理由を調べてみました。

関戸選手も、中間一貫校の明徳義塾高校に進むものと思われましたが、進路一転し、地元・佐世保に戻る決意をしています。

中学3年秋に、佐世保市立広田中学校に転校しています。

転校の理由を、

「自分が更にレベルアップするには、環境を変えないといけないと思いまして、指導者の方にお願いして地元に戻ることにしました」

明徳義塾中学校では、他の高校に進学する場合には卒業前に学校を辞めなければいけないというルールがあるそうなんです!

中高一貫校ならではのルールなのでしょうか。厳しいですよね。

関戸選手は、更なるレベルアップを目指して、2018年に春夏連覇を果たした大阪桐蔭を一般受験しています。

大阪桐蔭への進学の理由に、「周囲のレベルも高く、勉強も出来るから」と、話しています。

社会と、小学生の時にそろばんを習っていたこともあって数学が得意なんだそうで、大阪桐蔭の3類(体育・芸術コース)は偏差値52です。

関戸選手は、野球は勿論ですが、勉強も一切手を抜かず、常に自分自身のレベルアップを目指しています。

関戸康介の中学時代は?

関戸康介選手の中学時代を調べてみました。

関戸選手が中学3年間で取り組んだことは、主に体幹とバランスを鍛えるトレーニングです。

中距離、長距離のランニングが中心で、ウエイトトレーニングは一切やっていません。

「自分はピッチングにおいてバランスがとても大事だと思っているので、このトレーニングは非常に大きなものでした」

と、話していて、トレーニングがしっかりと噛み合いみるみる球速を高め、中学2年に140㎞、その冬には143㎞に達しています。

中学時代最後の大会となる、第35回記念全日本少年軟式野球大会では最速146㎞を計測しています。

中学時代からのライバルとして、森木大智選手(高知中→高知)の存在を挙げています。

軟式ながら最速150㎞のストレートを投げる森木選手について、

「自分の中での目標ですし、全てにおいて一流と思っていたので目標にできる人物だと思っていたので、森木がいたから成長できたと思います。とても感謝しています」

と、話しています。

お互いに切磋琢磨し合えるライバルの存在、出会いは貴重ですよね。

関戸康介の小学生時代は?

関戸康介選手の小学生時代を調べてみました。

関戸康介選手の出身小学校は、佐世保市立広田小学校です。

小学校1年からセインツジュニアで野球を始めました、

6年時ホークスジュニアのセレクションを受け、見事合格しています。

NPBジュニアトーナメントで129㎞をマーク、大きく注目を集めました。

「驚きました。自信はありましたけど、ここまで出るとは思いませんでした」

「父から速い球と遠くへ投げることを追求しなさいと言われていまして、それで遠投をひたすら行う毎日でした」

幼少期の習慣が大事だと感じさせるエピソードを話しています。

関戸選手が日頃から地道な努力する姿勢は、幼い頃からしっかりと地に足付けて身に付けたものなんですね。

関戸康介の大阪桐蔭での活躍は?


関戸康介選手の大阪桐蔭での活躍を調べてみました。

投手、野手のレベルが高く、大阪桐蔭の環境は関戸選手の予想以上に高いものでした。

「僕は野球の面において世界一になりたい目標があります。寮生活の環境は自分にとても合っていると思いますので、何不自由ない生活を送れているので、中学から寮生活を経験させてくれた両親には感謝しています」

と、両親に対する感謝の気持ちも忘れません。

大阪桐蔭に入学後は、1年秋からベンチ入り4試合に登板、大阪府大会優勝、近畿大会準優勝に貢献します。

順調かと思われたその後はケガに苦しみます。

1年秋には右助軟骨を痛め、2年春には右中指骨折、
2年秋には右股関節を痛め、2年秋の近畿大会では2試合4イニングだけの登板に終わりました。

苦しんだ時期があったからこそ、選抜では思い切り力を発揮して欲しいですね。

まとめ

関戸康介選手を紹介しました。

・出身中学は明徳義塾中学校です。小学校6年の時に明徳義塾中学校の監督・神谷洋隆さんより誘いを受け「明徳義塾中ならば人間的に大きくなれると思って進学を決めました」と、進学を決意します。

・高校は明徳義塾高校に進学するものと思われましたが、
「自分が更にレベルアップするには、環境を変えないといけないと思いまして、指導者の方にお願いして地元に戻ることにしました」と、佐世保市立広田中学校に転校しています。

・中学3年間には体幹とバランスを鍛えるトレーニングに取り組みます。
またライバル森木大智選手(高知)との出会いがありました。

・セインツジュニアで小学校1年から野球を始めます。6年時にはホークスジュニアのセレクションに合格し、NPBジュニアトーナメントで129㎞をマークし注目を集めます。

・更なるレベルアップのために大阪桐蔭を一般受験の末に入学します。大阪桐蔭では1年秋からベンチ入り、チームの活躍に貢献しています。

趣味は自己啓発本を読むこと、将来の夢はワールドシリーズMVPを掲げます。
日頃から地道な努力を続け、冷静に物事を判断出来て、常に自分自身のレベルアップ出来る環境を求めて来ました。

とにかく野球にかける情熱を感じますし、ストイックですよね。

その環境に応援してくれている両親に対する感謝の気持ちも忘れない、優しい選手でもあります。

ケガに苦しんだ時期もありますが、それをバネ、糧にして選抜では是非力を発揮して、楽しんで欲しいですね。

活躍ぶりに注目していたいと思います!